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旧い木造都営住宅が多摩地区にも多数存在し、そして現代的なアパートに建て替えられていった。多くは2件繋がった形をしていたが、家族の人数によっては単独住宅も存在した。通常、風呂はなく、建て増しをして風呂場を作ったのが通常の手段だった。石炭で起したそれは、間違えればすすが辺りに撒き散らされ、火起しの腕は自然と向上していったが、時代とともにPガスが普及し、ヒノキ風呂〜ポリバスへと変化していった。
コンビニなどはあろうはずがない。買い忘れると近くに店もないので遠くの親戚より・・・よろしく隣近所に食料、調味料等を借りることもしばしばあった。風呂が故障すれば入浴させてもらったし、体調が悪くなれば病院まで付き合ってもらったこともあるし、大工道具・工具etc・・・それなりに良い時代だったと記憶している。自分だけで生きていくには難しい。
都営に限ったことではないかもしれないが、ご近所付き合いも温かみのあった助け合い譲り合いの日本人古来の気風が懐かしく思われる。
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